淫雨
なぁ、たまには良いだろう?
そう頼むから付いてきてやった。
本当はさっさと本体に戻ってしまいたかったのに。
お前がいるとさ、こう華があるっていうか・・・。
そんな言葉なら誉め言葉でも必要ない。
そう思ってさえも嬉しいと感じる、盲目な感情が憎らしかった。
酒場で女たちに囲まれて鼻の下を伸ばしているリロイを眺めて、私はギリリと奥歯を噛んだ。
――苛立たしい。
憤りの対象は、女に愛想を振りまくお前か、お前を好きになってしまった私自身か。
「ねぇ、そんなにつまらない?優男さん」
無言でアルコールを飲み続ける私に女の一人が優しく言い寄る。
「いや・・・」
軽く首を振って私は立ち上がった。
やはり来るべきじゃなかった、こんな酒場など。
非難の声をあげる女を無視して私は酒場のドアをくぐる。
外は滔々と降りしきる雨。
後ろ手にドアを閉めれば、店の喧騒は雨音に掻き消えた。
雨に打たれながら、とぼとぼと歩く。
行き先なんてどうでも良かった。
ただ、あんなリロイを見ていたくなかっただけ。
女ではなく私を見てほしい。私だけを。
――お前が、好きなのだ・・・リロイ。
思いを馳せながらどれだけ歩いたのか。
雨はすっかり全身を濡らし、大きな雫が髪の先から滴っていた。
「寒い・・・・・・」
立ち止まって呟く。
水分に温度を奪われ、私の普段から冷たい体は氷のように冷え切っていた。
そんな体躯を掻き抱いて、私は地面にしゃがみ込む。
「何をやっているのだろうな、私は」
口にしたら空しくなった。
自身を嘲るように笑ったけれども、鼻がぐすりとなっただけだった。
ああ、最高に馬鹿馬鹿しい。
私など道化にしかならないではないか。
その時、閉ざした瞼が暗く陰った。
何かと目を開けば、黒い傘が私の頭上を覆っていて――
リロイがすぐ後ろに佇んでいた。
「どうしたんだよ・・・」
不安に表情を曇らせて、心配したとリロイは言う。
私は泥に塗れたローブをそのままに、立ち上がって遠く見た。
街並みは雨に煙っている。
「どうした・・・か」
ふっと息を漏らして私はリロイへと首をめぐらす。
「リロイ、私に好きな人が出来たと言ったら・・・お前はどうする?」
リロイはただ瞠目していた。
だがすぐに精悍な顔に笑顔が浮かぶ。
その表情に、私は少なからず失望した。
「どうって・・・もちろん応援するさ。頑張れよな!」
無邪気に言うお前。
励ましの言葉が、私には死刑宣告のように聞こえる。
その相手が自分だと知らないからこそ、そんな事が言えるのだろう?
無知とは――残酷だな。
「そうだな・・・すまない」
「はぁ?なに謝ってんだよ」
「いや。なんでもない」
私は、やはり道化なのだ。
笑いながら、心で泣く。
伝えられない想いに泣いているのに、涙さえも流れない。
「良い奴だな、お前は」
奔放で、無知で。
そんなお前だからこそ、私はお前が好きなのだ。
照れたようにはにかむリロイの頬に掠めるように口付ける。
驚愕して言葉を逸したその隙に、私は本体に意識を戻して姿を消した。
お前が好きだ――
間際に囁いた言葉は、届かない。
雨が、降っていた。
片思いラグ→リロ。
いやーいいっすね!報われない恋ってのは!!
私はこういう話大好きだなぁ。大好きなだけに上手くかけないのが悔しいけど・・・
因みにタイトルの淫雨は怪しい意味じゃないです。長雨って事です(笑)
by.涼木ソラ