ときどき、馬鹿げたことを考える。

それは私の存在意義も、お前の生存理由も覆すような考えだけれど――

そういうのも悪くないと思う自分が、確かに居るのだ。

私は愚か者なのだろうか。

どう思う?相棒よ。





nevertheless





「あいよ、お兄さん」

年老いたバーテンダーの、皺くちゃな手でグラスが眼前に置かれるのを、リロイは無言で見守った。
グラスの中に満たされた琥珀色の液体の中で、透明な氷がくるりと回って音を立てる。
リロイはグラスの縁を無骨な指でなぞり、まだ傍に立っているバーテンダーに神妙な表情を向けて言った。

「なあ、アンタには俺が<<闇の種族>>に見えるか?」

本気とも冗談とも取れる問いかけに、男は困ったような顔をした。
酔っ払いを相手にするのは慣れているが、この手の人種―― つまり、素面なうちに人生相談を持ち掛てくるような相手――は面倒だとでも言いたげな反応である。
それでも熟年のバーテンダーは余裕を湛えてかろく笑った。
まるで前からその質問の答えを用意していたかのように。

「どこから見ても人間ですよ。ただ、私どものような一般人にしてみれば、傭兵は<<闇の種族>>のように計り知れない存在ですね」
「あぁ・・・そうか」

リロイの声は空ろげで、独り言のような返事だった。
しばし横たわる沈黙。
その隙にバーテンダーはカウンターの反対の隅に逃げてしまった。
ライトの灯りも十分に届かないカウンターの一番奥で、リロイはグラスを傾ける。
時折、酒気を帯びた溜め息が哀愁を纏って零れ落ちた。

「ロキ・・・か」

リロイはロキだと彼女は言った。
ロキは<<闇の種族>>で、ロキであるリロイも<<闇の種族>>――?
私の中で言い知れぬ不快感が増大した。
その不快感はきっと、私の内に眠るラグナロクとしての本能。
しかし私はその本能を強引に押し殺した。

(リロイが何者でも、彼を主人として選んだのは――他でもない、私だ)

「マスター、もう一杯くれ」

氷も殆ど解けないうちに空になったグラスを掲げて、リロイはバーテンダーに呼びかけた。
せわしなくグラスを磨いていた男がすぐに歩み寄ってグラスに新たな酒を注ぐ。
そうしてまた逃げていった男の背中をぼんやりと見ながら、リロイは並んだ酒瓶に映る自身をまじまじと見つめた。

普段明るいリロイが珍しく見せる憂いた顔つきに、私はなぜか胸騒ぎを覚える。
死ぬ事を知らない凄腕の傭兵が、とても繊細な男に見えた。

『リロイ』

思わず声を掛けてしまう。
そうでもしなければ、彼はふっとどこかに行ってしまいそうで。

『リロイ、大丈夫か?』

問うと、彼はなんでもない風にはにかんでみせたけれど、すぐにそれは崩れ、苦渋に満ちた顔に戻った。
やはり己が<<闇の種族>>だなど、笑って受け入れられる事ではない。
ベストラの前では威勢の良い素振りをみせても、それは彼の内面ではないのだ。
リロイは片手で額を抱えると、右脇に立てかけていた私から面を背けた。

「お前も、俺が<<闇の種族>>だって知ってたのか?」
『いや。ラグナロクでも全ての<<闇の種族>>を察知できるわけではない。 それに、もしお前がそうだと知っていたら、私はお前と組んでいなかっただろう』
「そうか。でもやっぱり、アイツが言ったように――俺は<<闇の種族>>なのか?」

縋るように私へと落とされた漆黒の双眸を、私は間近に見上げた。

『私には分かるまいよ。だが、重要なのはお前が"何なのか"ではなくて、"どう在りたいか"だと思うぞ』

それは、いつもお前が言ってる事じゃないか。
しかしながら、人は余裕を失ったとき、自分が一番知ってることを忘れてしまうものなのだ。

「俺は人間だ。ロキでも<<闇の種族>>でもない!・・・って思いたいに決まってるだろ。でも、もし――」

もし、ベストラの言うとおりに<<闇の種族>>だったら。
可能性は皆無ではない。
そんな事は百も承知だから、私は慌てて言葉を飲み込んだ。
『お前がそう思うのなら、そうなんじゃないか』と、咄嗟に言おうとしたのだけれど。

しかし私は代わりの言葉を紡いだ。
何があっても私はお前の傍にいたいと、それだけを知って欲しくて。

『お前が<<闇の種族>>というのもあながち悪くは無いかもしれないな。もしお前が人間なら、永遠に生きる私は――いつかお前と別れなければならないから』
「な・・・・っ」
『お前はお前だろう?お前が<<闇の種族>>だろうと人間だろうと、私はお前に付いていくさ。嫌だと言われてもだ』
「・・・・・・!」

リロイは驚いたように目を見開いた。
そして、強張っていた顔がゆっくりと穏やかなそれに変わっていく。

「そうだよな。俺が化け物かどうかなんて、どうでも良いよな」
『私はな』
「それで十分だろ」

言ってリロイは微笑んだ。

「お前が居てくれれば、それでいいさ」

軽やかにリロイは立ち上がり、磨かれたテーブルに銅貨を放る。

「マスター、ご馳走様」

そして私を掴み上げると、洋々と店の扉をくぐった。
その単純さに苦笑しながらも私はリロイを眩しく見上げる。
やはり、彼はこうでなければ。リロイには、暗い表情は似合わない。


だが、私は気付いていなかった。
<<闇の種族>>と人間という二つの種族をめぐる存在理由に怯えていたのは、リロイではなく私だったという事に。






















で、話は正常と異常の〜に続くわけです。
アレはラグナロクが悩むお話でしたが、今回はリロイが悩んでます。
一応、2巻のベストラ登場の辺りと引っ掛けてみたので(ちゃんと読んでないから適当だけど…)、順序的にはこっちが先。
それにしてもリロイ、浮上するの早いよ・・・って感じた方も居られるでしょうが、結局のところリロイはそんなに悩んでません(爆)
多分彼は悩むのが苦手なので、悩んだ気分になってもそこまで深刻じゃないのです。
逆にラグは些細な事でも深刻にしてしまうけど。
とにかく、悩みシリーズ(シリーズじゃないけど)はこれで終わり。
あんまりやるとクドイしね(笑)
次は、甘甘とか・・・いってみる?

by.涼木ソラ