落としたのがいけなかったのか

蹴飛ばしたのがいけなかったのか

ただ単にそうなる運命だったのか

それは――突然、しかも最悪な感じに訪れた。





たまには強引に。





体をゆすぶられる感覚に俺は眠りから覚醒する。
意識を取り戻し、瞼から透ける淡い光の色に『ああ、朝なんだな』と呑気に思った。
それから、まだ眠っていたいと主張する本能を押しのけて瞼を開くとよく見慣れた相棒の顔がそこにある。
嫌味なほどに整った色白な顔、それに合わせたかのような翡翠色の瞳と朝の光を弾く銀髪。
見るほどにうんざりしたくなる美貌にむっと頬を歪めると、相棒の声が降り注いだ。
「リロイおはようv」
「あ?あ、あぁ・・・おはよ」
相棒は100年に一度あるかないかというような極上の笑顔を浮かべていた。
いつもは理由も無いのに不機嫌な顔しかしない相棒が、無償の笑顔を浮かべている。
(なんか、良いことあったっけ?)
あまりの珍しさに起き抜けから真剣に悩んでしまった。
相棒が笑顔になるなんて、何かを企んでるとしか思えない。
それにしても、笑顔が珍しいなんていうのも何だか不思議というか不憫というか・・・。
しかし相棒はまだぼうっとしている俺に、更なる難問を残していった。
俺がぐだぐだと"笑顔"について悩んでいた数秒間、ずっと顔を至近距離から動かさないでいた相棒が、いきなり額に唇を当てたのである。
・・・ちゅっ?
もしやこれは――キス、か?やべぇ、キスだ!!
俺は反射的に叫んでしまった。
「いっ!?」
「いっ!?とは何だ。おはようのキスをしただけだぞ?いつもの事だろうが」
相棒はしごく落ち着いていて、何事とも思わないようだった。
だが、俺はといえば――なぜだか吐き気を催したが――それって間違いじゃないよな?反応として。
奇声を発してベッドの端に退る俺を相棒のキラキラしい笑顔が追い詰める。
それにしても・・・

「いつもの事ってなんなんだよっ?!」

(おはようのキスなんてしてもらった事ないぞ!親にも彼女にもお前にも!!)
驚愕する俺に、相棒は笑顔のままで言い返す。
「やだぁ。今更照れなくて良いんだぞ。でもそんなお前も可愛いなvv」
「・・・ぇ」
俺は凍りついた。
(今、やだぁって言った?言ったよな、オネエさんみたいな声でさあっ!?しかも可愛いとか抜かしやがった。それって俺?俺が可愛いのか!?うえぇ〜)
衝撃的すぎて何もいえないでいる俺に、相棒はもう一つ、今度は頬にキスをした。
もはや動揺する余裕もない。
それから「朝ごはんを持ってくる」と言って相棒が部屋から出て行ったところで、ようやく俺は人心地付いた。
上機嫌に去っていく相棒の背中をハラハラしながら見送って、俺の頭はフル回転をし始める。
もともと考えるのが仕事じゃない俺にとって、頭脳労働は戦うよりも苦しいものだ。
自分でも足りないと自覚している脳を振り絞って、俺はなんとか一つの結論を導き出した。

どうして相棒が豹変したかって?
そりゃあ、そんなの・・・
壊れたからに決まってる。そうとしか考えられない!
でも、

(・・・ラグナロクって壊れんのか?)

ラグナロクが"死んだ"という表現は相棒から何度か聞いている。
つまり、破損が激しくて修復不可能な状態に陥ったという事だ。
しかし何もかもが正常にもかかわらず、人格だけが変になってしまうとは一体どのような不具合なのか。
古代の英知に富んだ人々ならいざ知らず、偶然ラグナロクに巡りあっただけの戦闘馬鹿(=俺)に何が分かるというのだろうか。――いや、何も分からない。(倒置法)

「あ、そーだ」
俺は閃いた。
なにも一人で悩む事は無い。
ラグナロクを持っているのは自分ひとりではないのだから。
「そうだよな!あのガキンチョ&冷徹女に相談すれば、癪だが一人で悩まなくていいよな!」
思い立ったら吉日。
ポンと手を打って俺は部屋から飛び出した。
するとサンドイッチを持って入ってこようとしていた相棒と思わずぶつかりそうになる。
「うわっ、危ないな」
「リロイ、大丈夫っ!?すまないっ!私が不注意で・・・うぅ・・・」
「え?あ、いや。いいんだ!俺がよそ見してたから!!うん、そうそう!」
「でもっ・・・じゃあ、私の事、嫌いにならないか?許してくれるか?」
「――は?」
固まった。
何がどう飛躍するとそういう論議になるんだ。
ただぶつかっただけで、どうして嫌いにならねばならない?
(訳分かんねーな・・・)
困ったので、とりあえず頷く事にした。外国に行ってもイエスと言っていれば良い、という発想と同レベルである。
「ああ。嫌いになるかよ、こんな事で」
「本当に?」
(いや、念押しされてもね・・・)
「私の事、愛してるか??」
「ああ、愛して――はぁっ!?」
俺は引きつった笑いを浮かべながらじりじりと相棒から遠ざかった。
(ヤバイ!相棒よ、瞳を潤ませてなんて発言してるんだよ!!キモイよっ!)
派手に散らばったサンドイッチ。
それにはさすがにすまなかったと思うが、謝るよりもやはり相棒の豹変ぶりが気になって仕方なかった。
(普段ならぜってー『何処見て歩いているんだ、相変わらず注意力散漫だな』とか言うのに・・・)
いつもと違いすぎる相棒。
何がどうして、こんな乙女キャラになったというのだ。
しかも爆弾発言のオプション付きで。
(それを知るためにオルディエんとこに行こうとしてたんだっけ)
思い出して、俺はそのままずるずるとホテルの部屋を出て行った。
むろん、相棒はとりあえず無視。
未亡人のすすり泣きみたい(あくまでもイメージ)が聞こえたけど、やっぱ聴こえない事にした。



「帰ってちょーだいっ!!」

開口一番、キルシェは俺を力いっぱい蹴飛ばした。
もちろんそれは軽々と避けたが、人が困ってるって時にその反応は心にイタイ。
俺は問答無用で土下座をし、そこを何とか、と頼み倒した。
「是非とも相談したい事があってだ・・・ですねぇ」
「い・や・だ」
い〜っと左右に引き伸ばした口からべろを出し、キルシェは意地悪く俺を罵った。
「黒尽くめ菌が困ってるなんてザマミロ〜って感じだね!」
(ふざやがって・・・一度痛い目見させてやろうか、このガキンチョ・・・)
震える拳を押さえつけ、俺は額を床にこすりつける。
ちなみにココ、俺が泊まっているホテルの最上階――つまり・・・口にするのも躊躇われるような高級部屋だ。
そんなわけで、額がくっついている床も、無駄にふかふかとしている。
「マジ頼むよ!」
「イヤv」
「ってめ・・・・こんなにお願いしてるだろ!さっさと出せよラグナロク女を!!」
「いやぁっ。こんな所に脅迫魔がぁっ」
「っ、このやろぅ」
剣は持っていなかったので、俺の手は自然と腰の拳銃に伸びた。
ガキンチョ相手に銃弾を使うなんて、普段だったらもっての他(というか、使うまでもない)だが、一発お見舞いしてやらないと気がすまないような錯覚に陥った。 つくづく人の怒りを煽るのが得意なガキだ。
そして、俺が弾を無駄にする前に保護者がやっと現れた。感謝!
「何やってるの、キルシェ。見苦しいからその男をどこかに捨ててきなさい」
(ちょい待て!そうじゃないだろーが!!)
俺はとっさに"待ってくれ"のポーズをとった。
「何よ」
「いえ、少々ご相談したい事が」
俺はまるで保護者面談にでも望んでいるかのような口調で話していた。
それをキルシェが小ばかにした表情で見ていたのは言うまでもない。
(くそぅ。手も足も出ないとはまさにこのことだ)
今更ながらに相棒がいかに女ラグナロク&ガキの仲裁に入っていたかを思い知らされる。
しかし、今の俺に守りの盾は存在しない。

「断るわ」

案の定、攻撃はなすすべも無く俺の心を直撃した。
(おいおい、慈悲ってものは無いのかよ。仮にもラグナロク仲間だろー)
心の中で抗議する。とてもじゃないが、口に出してはいえなかった。
すると俺の悲壮感漂う表情を見抜いたのか、オルディエは嫌そうに溜息をつく。
きっと、このままでは地獄の果てまで俺に付きまとわれそうな予感がしたのだろう。
まあ、俺はその気満々だが。
「・・・仕方ないわね。一文にまとめて説明しなさい」
試験問題じゃないんだから!という突っ込みすら入れる余地は無かった。
彼女の某暗殺女を思わせる青い瞳が鋭く俺を見据えている。
俺はまたしても脳を駆使して、相棒の変貌ぶりをいかに衝撃的に伝えるかに心血を注いだ。

「――相棒が・・・」

相棒が。主語は正しい。
さて述語はどうする?修飾語は?それとも接続詞・・・?
悩みながら、俺は今朝の相棒を頭に思い描いてみた。
(とりあえずアレだ、決定的なのは――・・・)
「・・・うぇ」
いくら美形といったって、男顔であんなに乙女になられては困るというものだ。
思い出して、つい吐き気を催してしまった。
「相棒がうぇっ?なにそれー。超チセツな言葉〜。馬鹿馬鹿〜!!」
キルシェが嫌味に笑った。
俺は揚げ足を取られてようやく一文にまとめる事に失敗したのを自覚したが、さすがにオルディエはそこまで無慈悲ではなかった。
「つまり、兄さんが気色悪い状態になったわけね」
当たらずとも遠からず。
俺はいちおう頷いて、どうにかならないか、と尋ねた。
だが返事はどれも知らないの一点張りだった。
「頼むよ〜ラグナロクなら分かるだろ、直し方とか」
「・・・悪いわね、分からないわ」
「本当にか?隠してるんじゃないだろうな」
「本当よ。そもそも寿命なんじゃない?兄さんはかなりお年を召されているようだから」
(役たたずだな、どいつもこいつも)

結局、解決策は何一つとして出なかった。
ラグナロクの事を知っていそうなのは、あとはヴァルハラかアイントラートといったところだが、それらの手を借りるとなると 十中八九、見返りを求められそうで恐ろしい。
(・・・しかたねぇな)
俺は早くも諦める事にした。
要は、あのキモさに慣れればいいわけだ。
そう勝手に決め付けて、足取り重く部屋に帰る。
去り際に女ラグナロクがどす黒い笑みを零した気がしたが、哀しくなるので気付かなかった事にした。
(ああ、俺っていろんな事に目を瞑って生きてるんだな・・・)
そう思うと、少しだけ切なくなった。



「ただいま〜・・・って何やってるんだおま・・・・ふがっ!?」
「リロイ寂しかったぞ、どこに行っていたのだ・・・!」
「は、放せっ!死ぬ死ぬ!!」
部屋のドアを開けた瞬間に相棒の関節技――ではなく抱擁にあって、俺はかなり動揺していた。
見れば、相棒の瞳が本当に涙に濡れているではないか。
ホログラムが泣くはず無いのに・・・。
目を凝らして目薬を探したが、相棒は小道具一つ仕込んでいない。
(うわ、まさか本気で寂しがってたわけ?)
相棒は俯いてぐすぐすと鼻を鳴らしている。
そして、俺が思ったことに応えるように彼はポツリと呟いた。
「お前がいないと・・・生きていけないのだ」
俺は頭を抱えた。
いつからお前はそんなひ弱になったんだ、と罵倒してやりたい気持ちで一杯になる。
しかしいろんな意味で壊れてしまった相棒はもう昔の憎たらしい相棒ではないのかもしれない。
「お前なぁ・・・・」
続く言葉が見つからなかった。
言いかけた言葉は中途で消え、相棒の緑の目がじっと俺に向けられている。
それが、なぜだか、可愛かった。
でもそれを信じたくなくて、俺は目を瞑ってからもう一度相棒を見る。
こんどこそ、キモい相棒がそこには居るはずだった。
なのに。
(なんで可愛いかなー。くそー)
小動物めいた瞳がいけないのだ。なんど見直しても愛らしい相棒に、俺は自己嫌悪に陥る。
「実は何気に可愛いのな、お前って」
苛立ち紛れにむっすりと言うと、相棒が心底嬉しそうにはにかんだ。
もはや寂しくて泣いていた事などどうでも良いらしい。
(今までなんてロクに笑いもしなかったくせによ)
しかし、相手が笑ってくれると悪い気もしないのも事実で、俺は意地を張るのを止める事にした。
どうせ相棒は治らないのだから、受け入れるしか道はないのだ。
(ま、ラブラブなのも慣れれば悪くはねぇよな、多分。かなり恥ずかしいが・・・)
こうしてかなり強引なかたちで相棒は俺の相棒以上の存在にのし上がったわけだが――



数日後。
「あ、黒ずくめ菌と白ずくめ菌だー」
「人を指差しちゃ駄目よ」
「人じゃないじゃん」
正面から良からぬ女二人組みを発見した俺は、後ろ手にこっそり手を繋いでいる相棒の事でかなり慌てていた。
相棒は四六時中俺から離れない。
だが、そんなラブラブっぷりを誰かに見られるなんて――俺でさえキモイと思う。
しかし相棒がいう事を聞くのかどうか。かなり不安だ。
二人は数メートル先に迫っていた。
俺が足を止めると、向こうもピタリと歩みを止める。
「や、やあ。いい天気だな」
「今日は雨よ」
「そ、そうだったっけ」
びくびくしながら相棒を伺うと、なんともキリリとした顔をしていた。
何日かぶりに見る、冷静な顔つきだった。
「・・・また相棒を下らない理由をつけて殺しに来たわけかオルディエ。それなら私が受けて立つぞ」
(おお!なんかいつも通りじゃんかよ!!)
「遠慮するわ、兄さん。偶然通りかかっただけなのよ」
「それならいい」
会話を聞きながら、なんだすっかり治ってるじゃん!と俺は手放しに喜んだ。
仲裁役ラグナロク(=相棒)のおかげで戦いにならずに済んだ。
ぐちぐちと嫌味を忘れないキルシェを適当にいなして俺達はさっさとその場を去る。

が。

人気の無くなった瞬間、相棒は再び俺の腕にしがみついた。
「安心していいぞ。私の魅力は、お前にしか見せない主義だv」
(やっぱり治ってねぇのかよー)
にこにこと言う相棒に引き摺られながら、俺はしばらく続きそうなラブラブ生活にこっそり溜息するのだった。



強制終了。









久々のラグ小説、ギャグ路線で行ってみましたがいかがでしたでしょうか。
ラグはなんだかいつもシリアスな話になってしまっていたので、かなり壊したのですが・・・壊しすぎたかも、ですね(笑)
ラグの頭がおかしいです。これは本当に壊れた説と開き直って猛烈アタック(なんじゃそりゃ)にわざと走った説があります。
その経緯やお話のその後はご自由に妄想してくださいませ。
久しぶりの執筆ゆえ、おかしい所もあったかもしれませんが、読んでくださり有難うございました!

by.涼木ソラ