Geburtstag






「なぁ、お前の誕生日っていつなんだ?」




ケーキ屋の前を通り過ぎた時、誕生日用のケーキを受け取る親子を見てリロイはぼそりと呟いた。



『誕生日?』


私は少し考えて自分の誕生日とやらを思い出す。
誕生日=生まれた日。すなわち―


『ああ、製造年月日の事だな?少し待て―当時の暦と現在の暦のズレを踏まえるとだな…』


私は問われた事に対して至極真面目に応えているのに、リロイはげんなりとして私の言葉を中断させた。


「ああああっ、もういい。そんなに考え込むなよ」

『失礼だな。こっちは聞かれた事を答えようとしたまでだ。―大体、なんでそんな事を訊く?私の誕生日でも祝ってくれるとでもいうのか?』


冗談半分に言ってやると、リロイはポリポリと頬を指でかきながら明後日の方向を見つめた。


「そ、そんなんじゃねぇよ」


動揺の入り混じった声。

図星だな、と私は思った。

だから、あえて言ってやる。


『そうか…』


可能な限りに落胆した声で。

その感情がが上手くリロイに伝わったかどうかなど、再び慌てたような表情をした彼を見れば火を見るより明らかだ。


「なっ、なんだよ…」

『なにがだ?―心配するな、私は何も気にしていないぞ』


平静を装う私に、リロイは不服そうにしながらも、むっつりと押し黙った。

それから気まずそうに握っていた剣の柄から手を離し、しばらく彷徨った大きなそれがコートのポケットに突っ込まれる。

何気なく後ろを振り返った彼の視線はきっと例のケーキ屋を見ていたのだろう。

それはあくまで私の推測だが…

そうであって欲しいと思ったのは、私の我侭だろうか。










その日の宿についてから私はベッド脇に立てかけられた状態で、ルームサービスで頼んだ紅茶を待っていた。

先日の仕事が無事成功に終わった甲斐あって、今回の宿はかなりまとも―いや、高級の部類にさえ入っていただろう。

おかげで紅茶にも期待が持てるというものだ。



ピンポーン



ややあって、ルームサービスがチャイムを鳴らす。


『おいリロイ、人が来たぞ』


私の呼声に返事はなかった。


『リロイ?』


何度か呼んでも、やはり返事はなく、そうしている間にチャイムが焦燥を帯びたノックに変わる。
このまま怪しまれてはマズイ。
そう判断して、私は立体映像の姿をとると急ぎ足で玄関に向かった。

はっきり言って、ホテルでの応対は苦手だ。

特にシングルで部屋を取っているとき、明らかにリロイでないと分かる私の姿に大抵の従業員は眉を顰める。 その原因は、二人で一人用の部屋を使用するケチさ故かもしれないし、別の―あまり口にしたくない理由のためかもしれない。

いずれにせよ、厚顔無恥なリロイとは違って繊細な私が一人で恥ずかしい思いをするのだ。

だが、そんなことも言ってられまい。



「待たせてすまなかったな」

「いいえ」


私は予測していた不快な表情をさせまいと、多めに持ってきたチップを強引に握らせる。
そして交換とばかりにティーセットの盆を受け取って、私は部屋の中に戻った。

むろん、戸締りは忘れない。



ポットの中から立ち上る湯気は芳しいアールグレイの香り。
盆に用意されたカップが2つあるのを見止めて、私はたまにはリロイと紅茶を楽しむのも悪くないだろうと、そんな事を思っていた。

だが、私の意に反してリロイは中々姿を現さない。

シャワーには居ない。
変なものを空腹しのぎによく口にする彼はしばしばトイレの住人になる事があったけれども、今回は違った。
だいたい、金に余裕がある今、変なものは私が食わせてないはずだ。

結局―リロイは部屋のどこにも居なかった。






紅茶が冷めるのはよくない。

私は胸に募ってきた不快なわだかまりを押し流すように熱い紅茶を一気に呷った。
下品な飲み方だが、致し方ない。
リロイが勝手に居なくなった―それだけで無性に苛つくのだから。

どうせ、女を買いにでも行ったのだろう。
紅茶の味なんて分かりもしない、駄目な男だ。

豪奢な娼館を見上げてニヤついていた彼を思い出し、私は柄にもなく二杯目の紅茶をポットから注ぎ損ねてしまっていた。
だらだらと、盆に零れ落ちる夕焼け色の液体。

それを一人で拭う作業の空しさといったらない。



私は、なにをやっているんだ…。



折角の紅茶も、なんだか不味く感じられた。
ひとりで椅子に腰掛けて、手持ち無沙汰な沈黙のひと時。

それが、何故か寂しかった。

一人で思慮に耽るのが好きだったはずの私。
なのに今はそれが耐えられない。



置時計の秒針が耳障りなほどにカチカチと鳴り、廊下を歩く他人の足音に敏感になる。
それは、飼い主の帰宅を待つ、飼い犬のような心地だった。








ガチャリ。









その音を、私は決して聞き逃さなかった。


「ただいま〜」


「楽しかったか?」

「へ?何が」


とぼけるな、と私は胸中で悪態をつく。
むっとしていたのが顔に出たのか、リロイは私の不機嫌にニヤリと楽しそうな笑みを見せ、私の体を包み込む。


「お前、俺が女んトコ行ったと思っただろ」

「ふん、事実だろうが」

「おや、嫉妬か?」

「ふざけるな…」


至近距離での険悪な会話。

それでもリロイはしれっとしていて、それが一層私の怒りを煽ってしまう。


いっその事殴ってやろうか。


どうせ避けられるのを承知でそう思った時、私の鼻先に白い箱が突きつけられた。


「なんだこれは」


怒りも顕わな私の言葉に、リロイは少しだけ肩を竦める。


「なんだと思うよ?」

「箱、だろう」


中身の予想はついていたけど、それを言うのは躊躇われた。

私のぞんざいな回答にリロイは困ったような笑顔―苦笑とでもいおうか―を見せ、箱の蓋をゆっくりと、もったいつけながら開く。


中身は、予想通りのショートケーキ。
白い生クリームに包まれた円筒の上に、赤い苺が綺麗に乗っている。真ん中にはチョコレートの稚拙な文字で、誕生日おめでとうと書いてある。
私に言わせれば、子供だましな誕生日用ケーキだ。


「これ、なーんだ」


ニヤニヤ笑いを止めようとせず、リロイはなおも食い下がってきた。


「…あぁ、卵と小麦粉と牛乳と砂糖と―」

「おいおい、材料全部言う気かよ」

「お前は私に何をさせたいんだ」


憮然として言い放つ私に、リロイは今度こそ本当に困った顔をして―それを見て私は、少し大人気なかったかと自分自身に反省する。


「分かった。誕生日ケーキだろう」


観念して答えると、リロイはほっと息をついたようだった。


「正解。欲しかっただろ、コレ」

「は?―言っておくと、今日は製造年月日とは全然関係ないんだが」


からかわれたかと思うと、いけないと知りつつ声が堅くなってしまう。
だが、リロイは怒るでもなく深い黒瞳で私を見つめ、穏やかに微笑んだ。




「その、製造ナントカっての止めろよ。誕生日のほうが言いやすいだろ」

それに―たとえそれが今日じゃなくても、俺は今すぐ祝いたいんだ。





「…な、なに柄にもなく気取った台詞を言っているんだ。はっきり言って、似合ってないぞ」



もし私が本当の人間だったなら、嬉しくて恥ずかしくて、耳まで真っ赤になっていたことだろう。
それを思うと、立体映像でよかったような気がしなくもない。



私はリロイに抱きしめられながら、こんな誕生日ならいつでも大歓迎だと密かに思っていた。


















唐突に誕生日ネタ。
ケーキ食べたら、なんだか急に書きたくなりまして(笑)ラグの誕生日っていつなんですかね?
リロイのも知らないのですが、それはちゃんと読んでないから…だったらどうしよう。
読んでくれた方、ありがとうございました。

by.涼木ソラ