移ろうもの






一年に一度、町中にチョコレートの甘ったるい香りが漂い始める時期になると、嫌でもその日を意識してしまう。

「バレンタインデー」

人々はそう呼んでいるらしいその日がチョコレートを贈る日になったのはいつの事だったか。
少なくとも、私や仲間たちが跳梁跋扈する<<闇の種族>>と激しい戦闘を繰り広げていた時代にはそのような行事はなかった。

街を彩る赤やピンク色の飾りをぼんやりと眺めて、平和になったものだ、と嘆息する。
未だに<<闇の種族>>の脅威がすべて払拭されたわけではないが、少なくとも今はこうやって愛を確かめる余裕がある。
あの頃は、そうする暇さえ死へ恐怖の前にかき消されてしまっていた・・・。

そして、その余裕とやらの恩恵にあずかれるのは必ずしも人だけでなく―
ただの兵器であるはずの私も例外ではなかったらしい。

やれやれ、と不本意を演じながら私は傍らを歩く黒づくめの男に視線を当てる。
私に兵器としてあるまじき感情を与えた男。
今まで辞書の中の単語としてしか理解できなかったその気持ちを持つことが出来たのも、おそらく少しはこの平和な空気のおかげなのだろうか。

世界は―そして、人は時によって変えられていく。

私も、戦いに明け暮れていた頃からすれば物凄く変化したのだろう。
“モノ”にすぎない私が人を愛するなど、当時だったら考えもしなかった。
しかし私はもう選び取ってしまった。
リロイを愛するという引き返すことの出来ない狭き道を。

―分かっている。
リロイが人であろうとする限り、私より長く生きる事はないだろう、と。
先に逝ってしまう男を愛して何が残るのか―
たとえそれが、激しい喪失感と孤独だけだったとしても、私は自分の感情を止められなかった。
行く先が見えているのに何て愚かな事を、と仲間は責めたかもしれない。
けれど、刹那的にリロイを愛する事を選んだ私を止める事の出来る仲間たちは幸か不幸か―もう、この世界には居ない。

私は、いま自分に出来る事をするだけだ。

そして今日、私がすべき事は―

私はキッと前を見据えて、ローブの下に持った小さな箱を握り締めた。







「リロイ・・・」

街の安宿に確保した部屋に入るやいなや、私はすっかりくつろごうとしてコートを放ったリロイを呼び止めた。

後ろ手に古びたドアを閉め、窓から射し込む夕刻の斜陽に照らされた室内が赤橙と黒に染まるのを黙って見つめる。
なんだ?と少し面倒くさそうな声をあげて振り返るリロイ。
その表情は逆光のせいで見えなかった。

「リロイ。今日が何の日か知っているだろう?」

「今日?なんかあったか?」

知っているくせに。
街を歩きながら、今日がバレンタインデーだと気付かない方が難しい。
それなのに知らないと言い張るリロイの表情は、僅かに笑いを含んでいるような気がした。

「・・・バレンタインデーだ。もしお前がどうしても欲しいと言うなら―これをやらないでもないのだが」

肩を竦め、いつの間にか得意になったうんざり顔で、私はリロイに小箱を差し出す。

素直に物事をいえない自分が情けない。 可愛げがない、とは自分のような人を言うのだろうな。

そうと自覚しながらも、さらに憮然とした表情で掌に載せた小箱をリロイの胸元に突きつけた。
チョコレートの入った小さな箱は、可愛らしい包装紙でラッピングされていて、どうにも自分らしからぬ雰囲気。
リロイが甘いものを好かない事を知っているから、中には一口で食べきるようなチョコレートが3つだけ入っていた。

驚いたようにしげしげと私の掌と顔を見比べるリロイに、私は言う。

「要らないのなら、いいんだぞ」

脅すかのように言えば、急に慌てふためくリロイ。
予想どおりの反応だった。

「ちょっ、待てって。要るっての!」

「そうか?そんなに言うならくれてやろう」

慌てて小箱をひったくるリロイに思わず頬が緩んでしまった。
リロイはいそいそと包みを開き、中にひっそりとしまわれたチョコレートの粒を指先に摘む。
私は固唾を飲んでそれがリロイの口に入るのを待っていたが、リロイはふと思いついたように私を見た。
彼の漆黒の瞳に浮かぶのは、子供めいた無邪気な輝き。

「ん、これ」

「―なんだ・・・?」

「いいから」

私があげたはずのチョコレートを、リロイが私に向かって突き出している。
一体どうしろというんだ、と不満を顕わに半眼で見遣ると、リロイは摘んでいたそれを躊躇なく私の口に突っ込んだ。

「んむっ・・・!?な、なにを―」

「美味いか?」

問われて仕方なく頷く。
美味しさに間違いがあるはずがなかった。
念入りに調査して突き止めた、一番美味しいチョコレートの店で買ったものなのだから。
だがリロイにそんな事が分かるはずもなく、私が頷いたのを見て楽しそうに微笑んだ。

「じゃ、俺も食おっと」

まさか毒見でもさせたつもりか、と私が眉を吊り上げようとした瞬間。

「いただき」

「リロっ・・・・」

私の唇にリロイのそれが、重なった。

初めはついばむ様なキスを繰り返していたリロイだが、次第に口付けは深いものになる。
角度を少しずつ変えながらリロイの唇と歯が柔らかに私の口唇を嬲り、 思わず熱い吐息をつきながら口を開くと、ぬるりと舌先が歯列を割って侵入してくる。
上顎をそろりと撫ぜられて、私はなれない感覚に、鼻に抜けるような嬌声を上げて身をよじった。
巧妙に私を追い込んでいくリロイ。
口の中でとろけたチョコレートが互いの唾液と混ざり合いながら、くちゅりと卑猥な水音を立てる。
飲み込みきれずに溢れ出た唾液が、纏わり付くような甘い香りを発しながら、とろりと私の顎を伝った。
存分に口腔を犯したリロイは、舌先で顎を伝う唾液を拭って、名残惜しげに唇を解放する。

「美味いな」

満足げに言うリロイに一瞬言葉が出てこない。
まさかこんな事になるとは。
私は羞恥に俯いた。
だがリロイはそんな私の気持ちなど全く意に介した様子もなく、呑気に箱を覗き込む。

「お、あとまだ2個もあるな」

思わせぶりな口調で言って、2つめのチョコレートを取り出したリロイ。
私は咄嗟にその茶色い粒を、リロイの指先から奪い取った。

「よ、よこせ!私はそんな破廉恥なことをするために贈ったわけじゃないんだぞ!!」

そうして残りのチョコレートを全部口の中に放り込んで、いそいそとそれを租借する。
ごくりと甘い味を嚥下して、してやったりとリロイを見ると、ふいに体を包む暖かい感触。

「馬鹿だな、お前は。そんなこと、分かってるのに」

「・・・リロイ―」

「ありがとうな。お前の気持ち、ちゃんと伝わってるぞ。だから―」

「―だから?」

「俺の気持ちも受け取ってくれ」

「なっ・・・・リロイ!?」

気付いた時にはリロイの腕が膝下に差し入れられ、もう一方の腕で背中を支えられた私の体は、軽々と宙に浮いてしまう。
そしてそのまま傍のベッドに横たえられて、私はようやくリロイの意図を悟ったのだった。

今の自分にそれを甘受する勇気はない。
まだ、駄目だ― 心苦しくもそう思って、私は間近に迫ったリロイの両頬をがっしりと掌で挟み込んだ。
すまないと心から思う。
リロイは私を求めているのに、それに応えることが出来ない・・・。

けれどそんな感情はおくびにも出さずニヤリと笑って言ってやった。

「悪いが。お前の気持ちは・・・ホワイトデーに期待している」




人は―兵器でさえも時と共に変わっていく。

私の心も、春の風が吹く頃には、もっとリロイを愛せるようになっているのだろうか―















リロラグでバレンタインssのつもりです。
続編って感じでホワイトデーのも書きたいですね。
それにしても不作・・・。
なんか以前にもまして下手になってる気がするんだが、悪い周期に突入したかなぁ。
次こそ頑張ります!って、エロなんですかね、この終わりからして・・・(汗)

by.涼木ソラ